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小山町観光スポット案内図

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須走地区

 富士山東麓の膝元にあり、何と言っても標高3776mの日本の象徴『富士山』が中心です。

富士山 富士山は登山の楽しみが一般的ですが、富士山はその美しさで世界に名を知られており、小山町では色々な表情の「観る富士山」も楽しんで頂けます。
富士登山は7月1日の山開きから8月31日の閉山までが夏山登山シーズンです。きちんとした装備と自分のペースを守って登ることを心がければ、チビッコからお年寄りまで、どなたでも楽しんでいただけます。小山町の須走口は、標高2,000mの新五合目まで車で登ることのできる人気の登山口です。晴れた日には、新五合目から湘南の海や大島までが一望できる場所として、登山者だけでなくドライブの観光客の方にも人気の高い観光ポイントとなっています。
小富士 雄大な見晴らしが楽しめ、山頂一帯は火山性の小石が積もり、賽の河原のようになっています。標高2,000m付近は、原生林と厚さ10cmにもなるコケに覆われて、豊かな自然の中を散策する気分は最高です。
富士山の、ミニ登山コースともなっている人気のスポットです。
グランド
キャニオン
小富士西側の山稜を下ると、雪しろ道(融雪流)が深い谷を形成しています。旧一合目横では断崖絶壁となっています。そこでは激しい富士山噴火活動の歴史を、地層が談ってくれます。
 最近『和製グランドキャニオン』の名がつけられました。確かに一見に値する富士山東口登山道の名所です。そこでは時折日本カモシカの姿を見ることができます。
藤原光親卿の墓 承久の変(承久三年)の時、後鳥羽上皇が北条氏の討伐の企てに際し、藤原光親卿は極力時期尚早を上奏したが聞き入れられず、義時追討の案文を書きました。謀議はいち早く鎌倉にもれ、謀議に参加した光親卿は捕われの身となり、甲斐武田五郎信光により、鎌倉護送の途中ここ篭坂峠において斬首されました。毎年5月に地元の人々により慰霊祭がとり行われています。
スタール博士の碑 博士はシカゴ大学の名誉教授で、アイヌ研究のため明治23年から30年間に15回来日。日本をこよなく愛し、特に富士山にあこがれ、たびたび富士登山をしました。また、お札博士としても有名で五つ星紋の羽織と仙台平の袴に白足袋をはき、「寿多有」のお札をもって全国の神社仏閣の行脚を行い、75歳で没した後、生前博士が愛した須走の地に納骨され、現在では東富士五湖道路須走インターチェンジ横に記念碑が建立されています。
冨士浅間神社 富士山須走口登山道の守護神で、延歴21年(802年)の富士山噴火の時、この地で鎮火の祭事を行ったのが起こりとされている古い神社です。境内は杉の大木に囲まれ、7月、8月の夏山シーズンには、富士登山の安全祈願をする登山客でにぎわいます。
伊奈神社 宝永4年11月の富士山の噴火により麓の59か村が降砂に埋没し、幕府から被害地支配を命ぜられた関東郡代伊奈半左衛門忠順は、さっそく流砂工事に着手しましたが、飢餓に瀕したものが続出し工事は進みませんでした。半左衛門は意を決して、駿府紺屋町の御米蔵を開き1万3千石の米を難民に分配しましたが、この冤罪を問われ割腹して命を絶ちました。伊奈神社は、半左衛門の遺徳を偲んで建てられました。

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北郷地区

 富士山の裾野に広がる田園地帯でしたが、現在では開発が進み大型施設があって、近代的な観光地に変貌しています。

富士スピードウエイ 富士山をバックに走る一周4.47kmのわが国最大のレーシングコースです。また、ジムカーナーやモトクロスコースもあって、さまざまなモータースポーツが楽しめます。レース開催日には、観客収容能力50,000人、駐車可能台数10,000台を誇るビッグなレース場となります。また、各種ライセンスの講習会やスポーツ走行などを体験することもできます。
富士霊園 富士山麓の花と緑に囲まれた敷地面積230haの公園墓地で、園内の霊園参道には富士桜、染井吉野など約5,000本の桜が植えられ、日本のさくら名所百選に選ばれた桜の名所として4月中旬の満開時には、10万人の人出でにぎわいます。これらの他にも梅やつつじなど四季折々の草花が美しい姿を見せてくれます。
夢呂土美術館
山本丘人記念館
美術館「夢呂土」は、多目的利用の美術館と山本丘人記念館で構成されています。近代日本革新の旗手であった山本丘人は、1977年に文化勲章を受賞、記念館の中には山本丘人の作品、資料を展示してあるほか大磯のアトリエが再現されています。
龍沢山 唯念寺 唯念上人は九州八代の士族で、17歳の時に出家し、各地で修業した後この地に留まり修業を続けたと伝えられています。唯念上人が滝に打たれて修業したと伝えられる、奥の沢まで足を延ばすと、静岡県指定天然記念物『トチノ木』や石仏群なども楽しめます。

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小山地区

 金太郎誕生の地であり、金太郎ゆかりの地が数多く、その伝説街道を辿る楽しみもあります。

金時公園 小山町は、古くから金太郎誕生の地といわれ、熊と相撲をとった金時山や大鯉をつかまえたといわれる沼子の池など、数多くのゆかりの場所が残っております。
金時公園には、金太郎の生家の跡に建てられた金時神社や、大きなまさかりが飾られており、毎年行われる金太郎まつりでは金太郎にちなんだ子供相撲などでにぎわいます。
八重桐の池 金時公園から少し足を延ばすと、山あいにある静かな貯水池です。親水公園として親しまれており、秋の紅葉が綺麗で多くの人が訪れています。
沼子の池 ある日、この池に水浴びに来た金太郎は、大きな緋鯉を見つけ、池に飛び込み、鯉に抱きつくと、鯉は驚いて空高く跳ね上がりました。五月の鯉のぼりに金太郎が描かれているのは、ここからきていると言われています。池の辺には弁財天を祀るお堂もあり、毎年6月には大祭が行われています。
あさかえ湯 金太郎の母八重桐が、懐妊の身を養うため毎日中島の家から通ってきた湯船温泉で、夕方きては泊り、朝になると家に帰っていったところから「あさかえ湯」と呼ばれるようになりました。
子産田 金太郎の母八重桐が、出産前の養生で、毎日湯船温泉に通っている内に、産気づき金太郎を産み落とした場所といわれています。
遊女の滝 金時山の頂で寝ていた八重桐は、夢の中で赤龍と結ばれました。山をおりると滝に身を打たせ、生まれてくる金太郎の健康を祈願したという、金太郎の伝説がある滝です。当時、宗教にたずさわり諸国を行脚する女性を遊女と呼んでいました。

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足柄地区

 足柄峠を呼んだ歌が、万葉集に幾つか見られるように、古くは東国と西国結ぶ重要な街道の宿場であり、竹之下合戦の舞台にもなった、歴史とロマンにあふれた地区で、それだけに多くの伝説や史跡が残っています。

足柄峠 海抜759mにあるこの峠は、古くから足柄路として知られ、東国と西国を結ぶ重要な路として賑わったところです。
峠には足柄聖天堂や、新羅三郎義光吹笙の石、足柄の関跡、足柄城跡などがある風光明媚な観光名所です。現在では、ドライブコースやハイキングコースの中継地として、四季を通して多くの観光客が訪れます。
新羅三郎義光
吹笙の石
後三年の役に際し、八幡太郎義家が奥州へ出兵したが苦戦をしいられ、新羅三郎義光が兄義家を助けるため援軍をひきいて足柄峠に露営した時、義光の笙の師豊原時元の一子時秋が後を追ってきたが、「我は武のため、貴殿はこの道のため」と諭し、笙の相伝の秘曲を伝えたとされる場所で、この故事にちなみ毎年9月の第2日曜日に足柄峠笛まつりが開催されています。
聖天堂 聖天堂は、日本三体聖天尊のひとつ足柄聖天で、本尊は弘法大師が自筆の「足柄山」の額と共に奉納したと云われる大聖歓喜双身天(石像1.8m)をまつり、ご利益は、一家和合・商売繁盛・縁結び・厄除で、毎年4月20日の大祭には多くの観光客で賑わいます。
足柄城址 足柄城は、小田原北条氏の属城でした。城主は北条氏光ほかが当番で守る城でした。足柄峠を中心に尾根上のいくつかの輪郭群に守られた出城で、天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原城征伐後に廃城となりました。現在では、本丸そして一の郭から五の郭まで604mの遊歩道が整備され、井戸の跡や空掘跡などをみて散策することができます。
金時山 箱根外輪山の最高峰で、多くのハイカーに親しまれています。本来は猪鼻山と称していましたが、金時(金太郎)伝説に関連していつしか金時山と呼ばれるようになりました。
山頂には猪鼻神社里宮跡に建つ、坂田金時・源頼光対面の場所の伝説があり、猪鼻神社跡公時神社碑があります。
誓いの丘 足柄峠に向かう「金太郎ふじみライン」添いにあり、富士山の景勝地として知られています。ここには『新田次郎の文学碑』や、『誓いの鐘』が建っており、富士山に向かって愛の誓いを立てるカップルの姿も多く見られます。
金太郎富士見ラインのダイアモンド富士 金太郎富士見ラインは富士山の景勝地として知られていますが、金太郎富士見ラインから、見ることの出来る『ダイアモンド富士』を紹介します。
この地ならではの大自然のアートを、お家族揃ってお楽しみください。
爪切り地蔵 この石の面に細い線で彫られた顔を爪切り地蔵といいます。母親八重桐の視力が衰えてきたので、箱根の姥子温泉に湯治に行き、全快をしたので帰り道、お礼の意味で金太郎が日頃信仰していたお地蔵様の顔を思い浮かべ爪で彫ったものだと伝えられています。
銚子ケ淵 静岡県のみずべ100選の一つとなっており、近くには源頼朝馬蹄石・古滝遺跡などがあります。
大雄山 宝鏡寺 新羅の僧、審祥(しんしょう)の開基と伝えられる古刹です。古くは地蔵院と言われていましたが、後に宝鏡寺と改められました。通称竹之下の地蔵さんとして多くの信仰を集めています。
本尊の木像地蔵観音菩薩像は、南北朝時代の作と云われ、静岡県の文化財に指定されています(秘仏)。
和泉山 円通寺 鎌倉時代の武将小栗判官の愛馬『鬼鹿毛』を祀ると伝えられているお寺で、競馬界や酪農家など馬事関係者の信仰が厚く、静岡県内をはじめ、広く神奈川県・山梨県・他関東一円からの参拝者があります。
唯念大名号碑 幕末の木食行者唯念の名号碑で、近隣に数多くある名号碑の中で最大のものです。
たいしゃく様
(嶽之下宮)
竹之下合戦古戦場の地に建つ、モダンな形式美をもつ本殿と、荘厳な帝釈殿が対照的です。JR御殿場線の車窓からも、本殿の一部が目に入りますが、足柄駅にも近く、気軽に立寄っていただけます。

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