スタール博士の碑

スタール博士の碑 登山道にかかり、東富士五湖道路をくぐってすぐ左側に『スタール博士の碑』があります。親日家として知られる、アメリカシカゴ大学人類学者フレデリック・スタール氏のものです。
 博士は明治37年(1904)アイヌ研究を目的として、初めて来日しました。以来、日本に親しみ、五ツ星紋の羽織、仙台平の袴に白足袋をはき、東京納札会に入って、自ら「寿多有」の納札を作って日本各地の神社・仏閣を行脚、「お札博士」といわれています。
 富士山には前後5回登山され、最後の来日は昭和7年で、昭和8年病に罹り東京聖路加病院で亡くなられています(享年75才)。
 博士の遺志に従って、昭和9年(1934)登山道入口高台に、地元友人と有志により墓碑が建立されました。正面の『寿多有博士之碑』は、徳富蘇峰の書によるもので、裏面碑文『徳富猪一郎』となっています。
 現在ある位置は、平成元年(1989)に移転されたものです。


『スタール博士の碑』周辺案内図