冨士浅間神社

冨士浅間神社 桓武天皇の延暦21年(802)、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず、人々は恐れおののいて仕事も手につかない日々が続きました。依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うため富士山東面須走の地(現在の社地字日向)に斎場を設け祭事を行いました。すると翌年4月初申の日に噴火が治まりました。
 翌年、平城天皇の大同2年(807)、その鎮火祭の跡地、すなわち今の社地に鎮火のお礼のため社殿を造営したと伝えられています。この場所がやや平らであったために、土地の人々が早くからこの小祠を祀ったものと思われます。
 当社は、各登山道浅間五社の一社であり、全国1316社の本社一つであります。氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬をあつめています。
【祭 神】
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)

《冨士浅間のホームページ:www.higashiguchi-fujisengenjinja.or.jp/》

浅間神社境内の石像物群【富士講と講社碑】
 富士山は昔から信仰の山でした。江戸時代中頃には中下層の商人や職人、農民などが講をつくり、その数808講といわれるほど盛んになりました。
 須走は、富士信仰登山の基地として古くから栄えてきました。須走浅間には、その講社の人達によって奉納された石碑や、石灯籠が多く境内を賑やかにしておりますが、そのひとつひとつから、登山行者の息づかいが聞こえてくるようです。

【天然記念物】
 およそ5,000坪の境内は緑樹鬱蒼と茂り、中には数百年を経た杉や落葉樹がそびえ、厳かな雰囲気であると同時に、木々の間から小鳥のさえずりが常に聞こえてきます。
 又、静岡県・小山町から指定を受けた天然記念物もあり、参道より南側の樹林には水路が走り、境内入口で小さな滝『信しげの滝』となって、散策コースともなっていますので、これら天然記念物などを御覧になりながら境内を散策されるのもお勧めの楽しみです。

県指定天然記念物 『はるにれ』 本県では極めて少ないもので、当町では数本しか見当たっておらず、北海道以外では随一といわれる巨木です。
町指定天然記念物 『根あがりもみ』 日本国内希にみる奇観で、学術上の価値が高いものです。又、宿木としては珍しい根がらみであることから、縁結びの木としても知られています。
『えぞやまざくら』 正面鳥居前にあり、春には美しい花を咲かせます。樹齢100年を越える古木で、石割ザクラと同種で静岡県が南限です。なお県内には須走に一本しかありません。

神門を望む【建造物】
 正面大鳥居をくぐり真っ直ぐ進むと、神門が迎えてくれます。更に社殿に進むと、右手に神馬舎神輿庫恵比寿社境内末社が並び社殿へと至ります。
 社殿は、江戸期の寛文2年(1662)沼津城主大久保氏、小田原藩主稲葉氏などの援助によって修造が行われました。後、宝永4年(1707)富士山中腹が噴火し、社殿も損害を受けたので、幕府より勧財の許可を得て、享保3年(1718)その修造を行っています。
 又、宝暦以降に大久保氏が再びこの地を領地としてからは、歴代の藩主が保護を与えていました。
 現在の社殿は、権現造の木造で、周囲の境内林とも調和した荘厳な趣を感じさせてくれます。
【恵比寿社】
 祭神は七福神の恵比寿・大黒の二神で、鞘宮に納められている社殿は、彩色しない総欅造で素木のままです。その分、向拝に龍の彫刻が見事に施されています。
 これらの造りは、江戸末期の流れを忠実に伝えています。

開山祭の稚児行列行事】
 元旦       歳旦祭
 1月3日     元始祭
 2月11日    紀元祭
 2月17日    新年祭
 3月春分    春分祭
 5月5日     例祭・神幸祭(前夜祭を4日の夕刻、後日祭を6日の午前に行う)
 6月30日    夏越大祓
 7月1日     開山祭(富士講行列や鼓笛パレードなどのイベントもある)
 8月31日    閉山祭
 9月秋分    秋分祭
 10月17日   神嘗祭
 11月3日    明治祭
 11月15日   七五三祭
 11月23日   新嘗祭
 12月23日   天長祭
 12月31日   大祓
 ※毎月1日及び15日  月例祭
 ※安産・火難徐・交通安全(新車祓い)・病気平癒など各御祈祷を随時受付ています。


『冨士浅間神社』周辺案内図