金時公園

秋の金時公園【金太郎誕生の地】
 公園の一隅に『金時神社』がありますが、この金時神社の拝殿がある所を『金時屋敷』といいます。
 ここは、文政3年(1820年)に発行された『駿河記』にもしるされていますが、坂田金時の子孫の家があったところです。
 金太郎は、ここで姥母八重桐に育てられ、足柄峠を通りかかった源頼光に見出され家来になりました。名を坂田金時と改め、源頼光四天王の一人となりました。
 昭和9年町は、由緒あるこの一帯を金時公園としました。公園には公園を巡る遊歩道や、町民プールもあり、5月に行われる『金太郎春まつり』のメイン会場となるなど、親しまれる公園となっています。
 又、金時神社の境内には、金太郎ゆかりの「ちょろり七滝」「第六天社」などがあります。
 

金時神社の拝殿【金時神社の由緒】−案内板より
 祭神は坂田金時、神域は小山町中島、金太郎が呱々の声をあげた山崎家を含む、坂田三軒のあった「金時屋敷」の跡で、その屋敷裏にあった金時産湯の水「ちょろり七滝」は、今尚その清流に古き昔を偲ばせる水音を響かせ、古風の生家は境を接して現存している。
 幼名金太郎「金」の字も鮮やかな腹掛けをして、猿や熊と力を競い、猪の鼻嶽(今の金時山)の頂上でよく遊んだ。この山々と恵まれた環境の中で力逞しく心凛々しい怪童に育てられた。
 金太郎は、後見出されて源頼光の臣となり、坂田金時と名を改め、頼光四天王の一人として、丹波の国大江山の強賊酒天童子を破った有名は、永く語り伝えられている。
 昭和9年町有志の意により、旧来の小祠に社殿を造営し、境内を拡張し神域を整え、子ども達の守り神として長く郷土の誇りたらしめた。

ちょろり七滝【ちょろり七滝】
 その昔金太郎の母八重桐は、出産前の養生のため湯船温泉に通い、その帰りに野沢川のほとりで金太郎を産み落としました。八重桐は住まいである金時屋敷まで帰り、この滝の水を産湯として使いました。
 金太郎が丈夫に育ち、立派な武将になったことから、この周辺の人々は子供が生まれると、この滝の水を産湯の水として使っていたといいます。

第六天社【第六天社】
金太郎親子が深く信仰していたのが、この「第六天社」です。
 金太郎は姥(母八重桐)が赤いごはんや、魚をささげたりするのをまねて、沼子の池からメダカを捕らえてきては、生きたままをうつわに入れて社前にささげたといわれています。
 現在でも子供の病気全快を祈願し、そのお礼として生魚を供える習慣が残っております。

坂田三軒の山崎家 重兵衛の里
【山崎家】
 金時公園に隣接して建つ「坂田三軒」の子孫である山崎家。
 今では珍しい茅葺屋根が往時の面影を残しています。
【重兵衛の里】
 金時公園に隣接し、八重桐の池から流れ下る川添いに遊歩道があり、ここは金太郎のお父の名前に因み『重兵衛の里』と名付けられています。

『金時公園』周辺案内図