唯念寺

現在の唯念寺本堂 唯念上人は、寛政元年(1789)肥後国(熊本県)八代の藩士滝沢家に生まれ、14才の時に江戸に出、17才で下総国(千葉県)徳願寺弁瑞(べんずい)上人の弟子となり、22才師に従って北海道大臼山善光寺に入り、後には諸国を遍歴しながら山蘢り苦行を続けた。
 たまたま上人が、甲州(山梨県)で年老いた尼と出会い「ここより巽(南東)の方に当り、霊地あれば尋ね行きて修法せられよ」と教えられ、又、富士山で修行中、義賢行者に「左合わせになっている山がある、そこで行をしたほうがよい」とさとされ、明神峠(山梨・静岡の県境)の麓を探し求めた結果、奥の沢の谷を見て「ここぞ」と思い道場とした。
 昼間は岩の上に座して念仏を唱え、夜は体を横にせず岩壁によりかかって目を閉じ修業し、蕎麦粉を水でこねたものを常食とした。
 上人を慕う村人や信者は、天保元年(1830)その谷に草庵を建てて住まわせ「唯念寺」と称した。
 上人は草庵が出来てからも折をみて近国を廻り、仏の道を説き、念仏講をつくり、又人々の安穏を祈るため「南無阿弥陀仏」の名号塔(石碑)を辻々に建て、「龍」の字を書いた火防のお札をくばり、人々の難を救った。
 念仏のためには身命を惜しまず、村人や信者の凶難を救って尊ばれた上人も、明治13年8月23日、91才で眠るが如く大往生を遂げた。
 尚、由緒ある草庵も関東大震災により壊滅し、奥の沢より2阡下の「現在地に」昭和12年再建が始められ、爾来二十有余年の才月に及びようやく完成したのである。
 又現在の奥の沢には、震災により埋没した石佛も掘り出され、百体ほどが祀られており、伊豆、箱根、駿東地方に及ぶ宗教活動は各地におびただしい数の名号碑や石造物、掛軸、木札等によって確認できるのである。

奥の沢の開山堂【奥の沢開山堂】
 唯念上人が修業した奥の沢に建つお堂で、裏手には上人が滝に打たれて修業した「不動の滝」がある。又、周辺には数多くの石仏群があり、上人の偉業を忍ばせる。
 「唯念寺」の脇道から、沢沿いの道(産業道路で一般の車は通行不可)を約2Km歩くと奥の沢に到達する。途中小鳥の声も楽しめ、新緑や紅葉の季節には素晴らしい景観も楽しめる。又、途中で少し沢に降ると、静岡県指定天然記念物の『トチノキ』もあり、ウオーキングにお勧めのコースとなっている。

不動の滝 私物群
不動の滝 開山堂周辺の石仏群 唯念寺境内に移された石仏群

『唯念寺』周辺案内図