ふじあざみライン案内地図

古御岳神社 新5合目駐車場と遊歩道 小室浅間神社 グランドキャニオン かりやす・旧2合目附近 馬返し・龍ヶ馬場 登山道松並木 日野屋林・日本野鳥会第一回探鳥会跡 大柳・芭蕉句碑 旧つつじ園と大日堂入口 冨士浅間神社 お登り口と精進川 スタール博士墓碑 登山道周辺の史跡案内

◆冨士浅間神社〔標高800m〕

須走冨士浅間神社 延歴19年(800)富士山が噴火、旧東海道足柄路が塞がれ箱根路が開かれた。延歴21年(802)頂上が大噴火し東脚に新山が生まれた。時の国司・郡司に鎮火安穏の祈祷が命ぜられた。須走浅間神社も平城天皇の大同2年(807)創建と伝えられています。主祭神『木花開耶姫命(このはなさくやひめ)』、外に『大巳貴命(おおなむち)彦火火出見命』が祀られています。
 鳥居、狛犬、随身門、御本殿や多くの常夜燈が並び、富士講記念碑も見られます。鬱蒼と茂る老杉、えぞやまざくら、はるにれ(小山町指定天然記念物)、ねあがりの樅(小山町指定天然記念物)など見るべきものも多く、富士講を始め多くの信者を集め、須走富士東口登山道の中心となっています。往時は、先ずここで登山の安全を祈願し、頂上を目指しました。
 宝永4年(1707)宝永山の大爆発により、須走地区は3m50cm以上埋没し、神域復興への村人の努力と大久保小田原城主の助力により元に復することになりました。
 現在、7月1日 開山式、5月5日 盛大な春の大祭などが行われています。

◆お登り口と精進川

お登り口と昭和天皇御登嶽記念碑 浅間神社裏手参道を西に出ると、富士山を正面に仰ぐことになります。右手山沿いに、講社登拝記念碑始め多くの記念碑や歌碑等が見られ、正面に昭和天皇摂政宮の御時の御登嶽記念碑、裕宮殿下御登山記念樹があります。
 甲州街道(現国道138号線)東富士五湖道路と交差して、東口登山道が一直線に延びています。この辺りで旧甲州街道跡を見ることができます。
 登山道にかかる手前を横切る清流は、精進川と呼ばれます。この水源は、ゴルフ場(梨の木平、別称みずたまり)の平原で、須走は勿論、下流村々の用水として重要なものとなっています。
 登り口は登山の発進基地で、昔は馬、軽便馬車、村営自動車の出発点となっていましたが、今はバスに変わっています。多くの案内人、客引きの人達が見られた所です。
 昭和5年東京日々新聞社主催の動物登山競争で、須走驢馬で優勝し、吉田口牛、御殿場豚、富士宮口馬でした。

◆スタール博士墓碑

スタール博士の墓碑 登山道にかかり、東富士五湖道路をくぐってすぐ左側にスタール博士の碑があります。親日家として知られる、アメリカシカゴ大学人類学者フレデリック・スタール氏のものです。
 博士は明治37年(1904)アイヌ研究を目的として、初めて来日しました。以来、日本各地の研究旅行をされ、自ら寿多有の納札を作って日本各地の神社・仏閣に納めています。富士山にも前後4回登山されています。
 昭和9年(1934)登山道入口高台に、地元友人と有志により墓碑が建立されました。裏面碑文『徳富猪一郎』となっています。現在ある位置は、平成元年(1989)に移転されたものです。

◆大柳・芭蕉句碑

大柳・芭蕉句碑 登山者のスタートを元気づけ、無事下山した人々を迎えるように巨木大柳が、登山道に大きな影を落としていましたが、今は枯れて無くなり、二代目・三代目が見られます。
 ここに松尾芭蕉の句碑があります。文政年間(1818〜)郷土の俳人蚊牛牛翁が願主となって建立したものです。
   『雲霧濃 暫時 百景残都くし気里』
   『雲霧の 暫時 百景をつくしけり』
 刻々と変化する富士山の姿が見事に表現されています。

◆日野屋林・日本野鳥会第一回探鳥会跡

日野屋林・日本野鳥会第一回探鳥会跡 須走は富士山、立山にかけて野鳥の宝庫となっています。この辺りは昔日野屋林と云われ、深い雑木林で蔽われ、探鳥には最適の場所でした。
 昭和9年(1934)日本野鳥会会長中西悟堂氏外多くの知名人によって第一回探鳥会が行われた所です。高田昴さんが案内する須走には、鳥寄せの名人と云われた高田兵吉爺さんがいて、昭和11年日本で初めてJOPK静岡放送局から全国放送がされています。その後度々探鳥会が実施され、高田俊雄、高田重夫さんなど小鳥の研究家が居り、案内役もされていました。
 ジュウイチ・カッコウ・ホトトギスなど、現在でも季節の変化と小鳥の声を楽しむことができます。

◆旧つつじ園と大日堂入口

旧つつじ園と大日堂入口 この辺りは日野屋林に続く雑木林、松林、そして草原地帯にも続く豊な自然が見られた所ですが、演習場として変化してしまいました。もとはレンゲツツジの大群落があり、昭和6年(1931)つつじ園を開園、昭和11年(1936)富士箱根国立公園が指定されました。
 この時「新作つつじ音頭」が作られ多くの来客もあり、地元女子青年団が接待や、踊りを披露してもてなしをしていました。今この復活をめざして努力しています。「花はつつじよ、山なら富士、富士の麓にれんげつつじがパパット咲いた」と唄われました。
 大日堂入口、この道を辿って西に約2Kmに大日堂(野中神社)があります。ここは富士修験者が修験道場の場として開かれ、大日如来が安置されていました。明治維新の神仏判然令により野中神社となり、大日霊尊として祀られています。
 また、ここは清流湧水源で山麓村々の用水であり、時に雨乞いの祈祷場所ともなっていました。江戸時代貞享3年(1686)大日寺萱葺3間×3間 弥陀寺とありますが、その堂は今は無く現在石造りの祠が造立されています。また、天然製氷地跡があります。

◆登山道松並木(一里塚・中の茶屋)

登山道松並木 富士山に向って一直線に延びる登山道松並木は素晴らしい景観です。左右の松の緑の中に霊峰富士の姿を仰ぎ見ることができます。富士講導者の白衣の姿を想うと一幅の絵となるようです。
 ここに一里塚、中の茶屋がありました。現在の新道でもその美観は変化することがなく、この松並木、旧登山道を散策しながら、種類の多い樹木、山草を探すのも楽しいものです。
 やまざくら、やまぼうし、のりうつぎの白、ふじあざみ、うらじろもみ等四季を通して楽しい散策ができます。現在は『ふじあざみライン』となっています。

◆馬返し・龍ヶ馬場

馬返し・龍ヶ馬場 標高1,360m小富士の麓に当たり、龍ヶ馬場と云われ、ここは聖徳太子の飛行登山伝説の場所となっています。
 小富士から出る火山灰のカラ沢を越すと馬返しです。これから上は深い樹林帯となり、旧登山道が残っていますが、今は新道を一気に5合目駐車場迄登ることができます。この馬返しはその名の通り、登山客を送る馬もここまで、後の軽便馬車、村営登山自動車の終点となっていました。
 カラ沢の直前の空地に立つと美しい雑木林、樅、コメツガ等の林の上に望む富士の姿は格別で、カメラシャタ−ポイントになっています。昔はここで一服し山支度を点検し、気力新たに出発したものです。沢沿いにはフジアザミの群落を見ることができます。

◆かりやす・旧2合目附近

かりやす・旧2合目附近 標高は1,700〜1,800mの亜高山帯にかかるこの辺りは、樹木の種類も多く小鳥の声が爽やかで、時々日本鹿にも遭うことがあります。高山植物ランの類が多く見られ、トウゴクミツバツツジが美しく映えています。
 左手横に道をとって沢をでると、水場といわれる所にでます。ここは小鳥達の水場であると共に、旧登山小屋にとって大切な水場となっていました。
 深い繁みの中で、夏、涼をとりながら自然観察をするのには最高の場所で、旧1合目、狩休(かりやす)2合目の山小屋がありましたが今は廃され、旧登山道が樹林に飲み込まれたように残っています。もとは下山道砂走り道がここまで続いていました。

◆小室浅間神社

小室浅間神社 祭神瓊々杆尊(ににぎのみこと)、木花開耶姫命が祀られ、昔は女人頂上といわれ、これから上は女人登山禁止となっていました。
 今はこの神社も廃され廃屋となり、その跡をとどるだけとなっています。講社登山盛んな頃には登山道筋には大日堂、役の行者堂、烏瑟沙摩明王堂(うずまさ)などが多く祀られ信仰登山の道でした。

◆新5号目駐車場と遊歩道(幻の滝〜駐車場〜小富士)

幻の滝 標高2,000m平成元年(1989)駐車場が開設され山小屋経営2軒があり、最近では最新のトイレも完成、駐車場では素晴らしい眺望が眼前にひろがっています。富士山頂上への登山道・下山道・風雪にも耐えるカラ松等見事です。
 ここから西に道をとると、カリヤス草原・幻の滝・牛額へのコースとなります。幻の滝は、頂上成就岳から滑り(なめり)の融雪の水が一気に下り見事な滝となります。牛額といわれる岩場は御殿場市との境界、真下に大日堂があります。
 駐車場から小富士参道に入れます。駐車場を境にしてこのコースは鬱蒼とした森林地帯となります。シラビソ、コメツガ、カラマツ、ダケカンバ等樹林交替の様子も見られ、山草も多くみられます。
 林を抜けると突然ポンと明るい小富士の山頂にでます。渡ってくる山風が実に爽やかな所、富士山は指呼の間、吉田口登山道が見えます。山中湖、丹沢、箱根の山々などまた美しい景観です。(山頂1,905m)
 このコースは同一標高線上であるので、婦人・子供の散策コースに最適です。また、星の観察地としては最高の場所であり、夏には富士山太鼓祭も開催されます。

新5合目駐車場附近

◆古御岳神社

古御岳神社 祭神大山祇命(旧太郎坊権現)が祀られています。現在はここ神5合目駐車場までドライブできるので、富士山頂を目指しての本格的な登山口の感となっています。
 この上標高2,300m以上は高山帯となり、樹木は小潅木が点在するのみとなります。
 その先は草原地帯となって眼前が開けます。強風に耐えるダケカンバの中に、石楠花が美しく見え、草原には高山植物が多く見られます。
 これから小富士にかけての一帯は、茸類が多く、秋は茸狩りの人を多く見かけます。これから上登山道に胎内神社・御中道小屋跡・八合大行合(吉田口との合流点)・日の御子石・迎久須志神社(迎薬師)・須走頂上・内院拝所となります。
 頂上から新5合目まで一気に下る砂走りの下山道があり、現在下り5合に砂振るい小屋があります。須走の地名は、この『すなはしり』から出たと云われています。

◆グランドキャニオン

グランドキャニオン 小富士西側の山稜を下ると、雪しろ道(融雪流)が深い谷を形成しています。急1合目横では断崖絶壁となっています。そこでは激しい富士山噴火活動の歴史を、地層が談ってくれます。
 最近『和製グランドキャニオン』の名がつけられ、確かに一見に値する富士山東口登山道の名所です。そこでは時折日本カモシカの姿を見ることができます。
 これをすこし下れば馬返しの平地に出ることができます。