延命地蔵尊の本堂
延命地蔵尊
伝承される用沢小僧供養のため建立された臨済宗派の地蔵堂

山号・寺号 延命地蔵尊(えんめいじぞうそん)
所在地 小山町用沢973−1(字大塚)
宗 派 臨済宗
開 基  
本 尊 延命地蔵菩薩
仏 像  
寺 宝 孝州西堂和尚(青龍寺十九世)の書
寺 歴
(寺伝による)
宝暦6年(1756)大塚に庄兵衛という子が生まれた。長ずるに従いその行動が極めて神出鬼没、大家の財宝を掠めては貧困者に与えた。藩主は後難をおそれて逮捕を命じた。全村総出で探し井戸跡に落し、石を投げ込んで埋めた。そののち村に災難が続いたので孝州和尚によって現位置に祀りかえ供養す。
昭和44年堂宇改築、200年記念大法要念仏を行う。
年中行事 毎月22日念仏、毎年2月22日大念仏
本山・本寺等 沼津市岡宮光長寺
梵 鐘  
寺に関係ある
伝説
用沢小僧の伝説(寺暦の項参照)
由緒ある
石碑・墓碑等
 
札所・詠歌  

延命地蔵堂の内部
延命地蔵堂の内部

【延命地蔵菩薩由来記】−案内板より
 宝暦丙牛年(1756)大塚に庄兵衛という子が生まれた。生来賢い子であった。不思議なことに一夜のうちに百里二百里を風のように走り廻り、時に草の葉に隠れ、板のすきまを出入りしたり、天井を逆さまに歩いたり、出没自在奇妙な早業だったので誰云うとなく「用沢小僧」と云うようになった。呼び名の通り体が小さいばかりでなく、体を小さくする術も知っていたらしい。
 成長するに従ってますます神出鬼没を極めて、大家に侵入して金銭財宝を掠めて近郷近在の貧困者に与えていたので、「小僧々々」といわれていた。
 この噂に藩主は後難をおそれて逮捕を命じた。村では庄兵衛の情誼に厚くいつも珍しい話題を持ち、郷人には迷惑はかけないので嘆願したが、囚えないと村役人も村人も同罪であるとの達しに、全村七十六戸(除二戸)総出で探し酒を与えて井戸跡(穴)に落し石を投げ込んで埋めた。
 安永丁酉年(1777)二月四日二十二才であった。
 その後村には不思議な災難が続き困ったので、青竜西堂孝州和尚に供養を願い現在地にまつりかえられ戸毎には五輪の石塔を祀り、やがて用沢延命地蔵尊として人々の生命を守る仏としてあがめられている。